宗教的高みの作品群  吉澤秀香書展に寄せて / 第41回毎日書道会員賞入賞  吉澤秀香さん作品

福井 緑
たぐいまれな才能の持ち主が、その感性を研ぎ続けて研鑽(さん)に研鑽を重ねた結果遂に至りついた作品世界ー吉澤秀香の今回の個展を一言で評するならそう言うことになるだろう。

静かな夜の工房(月観堂)で広げられる書を次々と拝見しながら、いつしか深い感動の波にふるえる心を鎮(しず)めかねた。
それは見苦しい程の気迫であった。
氏は五歳から筆を持ち、二度のお産の時意外筆を持たぬ日はなかったと言われるが、もし凡人であればたとえ百年書き続けようと、とうていここまでの到達はおぼつかないだろう。

女流書家として、今や日本を代表する地位にのぼりつめた氏に、今再びながらの受賞歴を記すつもりはないが、書道展審査会員の席を、氏は推薦という形式ではなく、作品で堂々と勝ちとられたのである。
氏の作品にみなぎる精神性は、多分に二唐と言う津軽の刀匠の家に生まれ育った気質によると思われるが、嫁として子を生み、又中学校の教員と言う激務をこなしながら、その若き日には、紙を買うために夜に仕立て物までされたと言う。

習字のけいこから始まり、嫁としてのち自我に目覚めてからは、如何に生きるべきかの迷いの中で自らを支えるために、真空の時間を得るための書であったらしい。(たいていの女はここであきらめる)次に氏の偉大さは、五十歳で教員をやめられ、上京して書道大学に一年入られたことである。一筋の道と口ではたやすく言うが、ここまで徹底される姿勢にはすごみさえ感じさせられる。

そしてそれからのち、長年のエネルギーが爆発するように次々と大輪の花を咲かせてこられたのである。第十回現代女流美術展(平成元年秋)には、日本芸術院会員の片岡珠子や三岸節子、又女学校の同窓の佐野ぬい氏などと肩を並べて堂々の出品。又、今年の三月には第六回代表書展に最高賞作家として出品されている。

ヨーロッパ展で、日本代表作家として一年間も各地を回って来た作品。日展入賞作品等々、夢のような豪華な作品集は、金に糸目をつけぬ様々な墨と筆を駆使しての魅力あふれるものばかりである。その滑脱な直線と、流れるような曲線のかもしだす宗教的な高みすら感じさせる作品の前で、私は言葉を失った。

正に目くるめく書の世界がわれわれの目の前に広げられているのだ。津軽に生きて東京、いや世界に通用する仕事を成し遂げられた氏に対し(その少しも驕ることのない姿勢に対し)深い感動を覚え、至福のひとときに瞑(めい)目したのだった。      《大鰐在住 歌人》  
(陸奥新報 平成2年4月30日付)